セッション

セッション Whiplash

 

バディ・リッチのようなジャズ・ドラマーになることを夢見て名門音楽大学に入ったアンドリュー・ニーマンは、学内でも最高のバンドにスカウトされる。そこで彼を待ち受けていたのは、指揮者フレッチャーの狂気的な指導で…

 

まず、役者とその演技は素晴らしかった。J. K. シモンズもアカデミー助演男優賞を取るわけですよ。圧巻でした。

 

でも、気違いの先生と、自分の頭で何も考えられないバカな学生がエゴをぶつけあうというだけの話です。大学一年生という設定が何ともリアル。これがメタラーの速弾きギタリストの話とかだったら最高のコメディになっていたかもしれない。

 

他のバンドメンバーもみんなフレッチャーに支配されていて、滑稽としか言えません。自分のキャリアはそこからしか生まれないのだと盲目的に信じている人たちが、おびえながらビッグバンドごっこをやっているのがおかしくてしょうがなかった。

 

主人公のニーマンくんも音楽が好きなのかどうかよくわかりません。ピザ屋でデートするシーンで、「この店はフードだけじゃなくて音楽がいいんだ。これはジャッキー・ヒルのウェン・アイ・ウェイク、1938年7月17日、ドラムはボブ・エリス」とか言うんですが、その割にドラムを練習しているときの彼はただのアホでした。

 

フレッチャー先生もチャーリー・パーカーのエピソードを話し、スターバックスのジャズ・アルバムをバカにして「グッド・ジョブより有害な言葉は英語にない」とか言います。彼は第二のチャーリー・パーカールイ・アームストロングを育てようと真剣に考えているらしいのですが、そんなものがこんなところから生まれるわけがない。

 

映画としてはおもしろかったけど音楽は最悪だったので頭が混乱しています。監督のデミアン・チャゼルは高校生のころジャズ・ドラマーを目指していて、挫折した経験をもとにこの脚本を書いたそうです。ずっと考えているのですが、どうもこの監督はわざとやってるんじゃないかと思えてきました。フレッチャーはとんでもない嘘つきで、チャーリー・パーカーのエピソードもねじ曲げられています。まあフィクションと割り切れば何てことはありません。

 

ニコルとピザ食いてえ。

★★★☆☆

 

ジャズを真剣に好きな人は結構怒っていますね。映画より菊地成孔町山智浩の場外セッションのほうがおもしろかった。あとニューヨーカー誌の「”Whiplash”はジャズを完全に誤解している」という批評がとても良かった。リチャード・ブロディという人が書いていて、かなりバッサリいっています。まずバディ・リッチが好きではないらしく、「バディ・リッチ?やかましくて無感覚なテク名人で、TVパーソナリティで、ジャズの主要なインスピレーションではない」と書いてあって笑った。

 

激辛でおもしろいので結びの部分を紹介します。

『劇中に、アンドリューが音楽的独創性を持っていると示すものは何もない。彼が持っていて、最後に表現したものは、フツパー(厚かましさ)である。それは彼がテレビで仕事をする準備に大いに役立つことだろう。”Whiplash”はジャズも映画も尊敬していない;これはけちな支配を見せつけるけちな教訓主義の作品であり、それはアンドリューが熱望しているような二流の有名人を満足させるものである。バディ・リッチ。バディ・ファッキン・リッチ』

 

www.newyorker.com

 

こんな映画に怒る以前に(アメリカではどうか知りませんが)、ジャズは死んでいると思います。多くの人がジャズという言葉から思い浮かべるのは、カフェやお洒落なラーメン屋で流れているちょっとした音楽でしかないのでは。だからそれがどうした?

 

Miles Davis - So What?



 

Kind of Blue

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